デス・オーバチュア
第248話「光と影の兄弟」



虹色の流星雨が皇牙を呑み込み地上へと降り注いだ。
凄絶にして華麗、美しき落星の輝きで全てを消し去る絶技。
星雨の降りし後には、地上の全ての生物は絶滅する……はずだった。
「なるほどな……」
七つの矢尻が飛来し、ラッセルの持つ柄と鍔だけの剣と連結して深紅の長剣と化す。
神剣『バイレントドーン(狂暴なる黎明)』の基本形態だ。
ラッセルは地上を見下ろす。
「竜化した両腕だけに全闘気を集中させて『盾(シールド)』を形成したわけか……」
復讐の星降によって蹂躙された大地に皇牙が立っていた。
「だが……」
皇牙の両腕はありえない方向に何カ所も折れ曲がっている。
「流石に無傷ってわけにはいかなかったようだな」
復讐の星降を浴びて両腕の複雑骨折『程度』のダメージというのは少し不満だが、異界竜の装甲(鱗)と闘気膜(エナジーコーティング)といえどそれを上回る負荷を叩きつければ破壊可能だということが、これで証明されたのだ。
「ウゥゥ……グガアアアアッ!」
皇牙は動かなくなった両腕を、自ら喰いちぎる。
「おいおい、本気(マジ)かよ……」
勢いよく鮮血を噴き出し続ける両肩から、新たな竜の腕が生え揃った。
そして、背中から再び竜翼を生やすと、激しく羽ばたかせて空へと舞い上がろうとする。
「剣星落(ソード・メテオ)!」
だがそれより速く、七種(七色)の剣が皇牙を包囲するように大地へ突き刺さった。
「七星封殺剣(しちせいふうさつけん)!!」
「グッ……グガアアアアアアアアアアアッ!?」
七つの剣を頂点とし大地に赤い光の七芒星が描かれ、皇牙の動きを完全に封じ込める。
ラッセルは地上……皇牙の眼前へと降り立ちながら、刃無き剣を漆黒の鞘へと収めた。
鞘は直刃の長剣用でなく、細長くて反りのある極東刀用のものである。
「イノセントモード(純粋なる旋法)……」
「グウウウウウッ……ガアアアアアアッ! アアアアアアアァァッ!」
皇牙は絶叫し暴れようとするが、指一本動かせていなかった。
ラッセルは体を屈めて『居合い』のような構えをとる。
「赤淘絶刃(せきとうぜっぱ)!!!」
抜刀と同時にラッセルが皇牙の横を擦れ違い、解き放たれた赤き刃が皇牙の胴体をバッサリと斬り捨てた。



その刃は鮮血の赤。
赤い刃の極東刀は暗く妖しい輝きを放っていた。
「ふん、両断は無理だったか」
ラッセルは禍々しき赤刃を漆黒の鞘へと収める。
俯せに倒れ込んだ皇牙は、斬られた腹部からの出血で大地を赤く染めていた。
「まだまだ『練成(れんせい)』が足りないか?」
漆黒の鞘を引き抜くと、手品のように赤刃が消えている。
大地に突き刺さっていた七つの剣が独りでに抜けると、七つの深紅の矢尻に変じた。
七つの矢尻は、刃なき剣と連結して深紅の長剣を形作る。
「……ふう」
ラッセルは深紅の長剣を地に放ると、疲れを吐き出すように嘆息した。
「お疲れ様です、旦那様〜」
深紅の長剣は大地に立つと、深紅の少女へと転じる。
ロックというかパンクというか、主人に合わせた『ワイルドでハードな感じのドレス』にイメチェン(イメージチェンジ)したネメシスだ。
「ふん……」
ラッセルはネメシスに一瞥くれただけで、何も言わずに歩き出す。
「あっ、待ってよ、旦那〜」
ネメシスは主人(マスター)をいつもの呼び方で呼び、置いて行かれないように彼の左腕へ抱きついた。
「重い、うざい、暑苦しい、抱きつくな……」
煩わしそうにネメシスを振り払う。
「あん、旦那酷い〜」
「…………」
ラッセルは剣(ネメシス)の苦情など取り合わない……いや、取り合う余裕など今の彼には無かった。
ぐらりと一瞬、ラッセルの体が揺らぐ。
「旦那!?」
ネメシスはラッセルの体を左側から支えた。
「……っ、離せ」
「無理しちゃ駄目だよ、旦那」
主人が明らかに消耗していることは、振り払おうとする力と声の弱さから解る。
「ちっ……」
「星降や封殺剣みたいな大技を連続で使うのはまだ無理だよ、旦那……」
「……お前がひとの精気を吸い過ぎなんだよ……」
無限戦刃(バイオレント)、剣閃星流(ブリリアント)、赤淘絶刃(イノセント)といったモードチェンジすらかなりの精気を必要とし、それぞれの形態で放つ大技の消費に至っては異常とも言える激しさだった。
常人ならモードチェンジさせようとしただけでも全精気を吸われて干からびるだろう。
バイオレントドーンは攻撃力だけでなく、使い手にかかる負担もまた最強だった。
一言で言うなら『大食らい』。
攻撃力に上限がないということは、使い手から吸い上げる精気の量にも上限がないということだ。
それは言い方を変えれば、使い手の精気や生命力の限界がまた剣の限界とも言える。
「ごめんね、旦那。でも、異界竜を完全に打ち砕く、封じ込めるには……」
「ああ、解っている……『足りなかった』……な……」
「…………」
ゆらりと、ラッセルとネメシスの背後で皇牙が立ち上がった。
「……初めてよ、腕を砕かれたのも、腹を裂かれたのも……」
皇牙は、今だ血の止まらない腹部を右手でおさえながら、気味が悪いほどに落ち着いた表情と声をしている。
「ホーリーナイトも、あたしを倒すことはできても……肉を裂くことも、骨を断つこともできなかった……」
彼女の左手の黒爪が伸びて爪刀と化した。
「……対等の存在(敵)……『個』として認めてあげるわ……人間んんっ!」
ラッセルの背中へ漆黒の爪刀が斬りつけられる。
しかし、爪刀は背中へ届くことなく、振り返ったラッセルの赤刃の極東刀に受け止められていた。
「速い!?」
「普通だ。武器を召喚する(抜く)のにいちいち長ったらしい呪文や儀式を必要とする方がどうかしている!」
赤淘絶刃(バイオレントドーン)の赤刃が皇牙の黒刃(左手)を弾き返す。
次の瞬間、二人を中心とした半径百メートルを取り囲むように七つの剣が天より降り立った。
大地に浮かび上がる赤光の七芒星魔法陣。
「ぐううっ!?」
皇牙だけが、見えない鎖で全身をグルグル巻きにでもされたように硬直した。
「ぐううう……があああああああああっ!」
咆吼を上げて、皇牙は『戒め』を力ずくで引きちぎる。
「この程度の戒めで、二度と異界竜(我)を捕縛できると思うなっ!」
両手の黒爪を爪刀と化すと、皇牙はラッセルに飛びかかった。
ラッセルは皇牙に無防備な背中を見せたまま、七芒星の一点に突き立っている白き剣を右の逆手で掴む。
「光よ!」
七芒星から引き抜かれた白剣の刃から黄金の光輝が解き放たれた。
「なあああっ!?」
膨大な黄金の光輝が皇牙を呑み込むように直撃する。
光輝に押されて吹き飛んでいく皇牙を、右手に黒き剣を持ったラッセルが待ち構えていた。
「闇よっ!」
「があああああっ!?」
ラッセルが黒剣を振り下ろすと、黄金の光輝とまったく同等の暗黒の闇が吐き出され、光と闇で皇牙を挟み込み爆裂する。
「勘違いしていたようだな、七星封殺剣はただ相手の動きを封じるだけの結界じゃない! 空、地、光、闇、時、死、運命の七つの力を秘めた神剣による絶対包囲陣だ!」
再び七芒星に突き刺した黒剣にもたれかかりながらラッセルは告げた。
「七つの神剣!?」
「ああ、そうだ。バイオレントドーンは七種の神剣の戦闘力(能力)を全て持っている」
「なっ……」
皇牙の知識の中では、『九神剣』の力は種類が違うだけで全て同等となっている。
一つの神剣が自らの前に創られた六神剣全ての力を持つなど信じられなかった。
「例えば光という存在(力)を完全に滅するには、まったく同等の光か、対極の力である闇の力を用いればいい……」
ラッセルはゆっくりとした歩みで七芒星の中を移動し、青き剣に右手を伸ばす。
「バイオレントドーンは七神剣を全て破壊するために創られた神剣……七神剣全ての力を持っていても何の不思議もない!」
「ぐううっ!?」
青剣を引き抜くと同時に振り上げると、凄まじい突風が皇牙に炸裂した。
「大地よ!」
突風に飛ばされないよう皇牙が抗っている間に、ラッセルは黄色の剣の前へ移動し、その柄を右手で握り締める。
「喰らい尽くせっ!」
「うっ!?」
皇牙の足下の大地が巨大な口と化し、彼女の足に喰らいついた。
しかし、流石に皇牙を噛み砕くことはできず、大地の口の歯の方が砕け散る。
「時よ! 運命よ! 矮小なる者を縛り上げよ!」
虚空から出現した無数の時の『鎖』と運命の『糸』が皇牙の全身に巻き付き、その動きを完全に封じ込めた。
「時の鎖はお前の肉体を、運命の糸はお前の因果を完全に捕らえた……もうお前は逃げられない……」
「むぅぅ、ううううう……」
鎖と糸が顔にも執拗に巻き付いてるため、皇牙は何も見えず、口をきくことさえできない。
「……この死(剣)から……っ!」
ラッセルの右手から灰色の剣が、投げ槍のように投擲された。
死の剣は、神剣を上回る硬度を持つはずの異界竜の体(左胸)にあっさりと突き刺さる。
「あばよ」
皇牙の左胸から死の剣が引き抜かれた瞬間、彼女の瞳から光が消えた。



「お姉ちゃん!?」
皇鱗は双子の共鳴(シンパシー)のようなもので、姉の異変を感じ取った。
姉が消えた? 姉の魂の気配が、命の波動が完全に途絶えて、もうどこにも存在しない?
「ふん、どうかしたか?」
シャリト・ハ・シェオルは両手の拳銃から弾丸を発砲し続けていた。
弾丸が切れれば、一瞬で二丁の弾倉を再装填し、その射撃は途切れることがない。
「あなたと遊んでいる暇はなくなったのよ!」
皇鱗から見れば、目や口以外の場所になら弾丸が当たっても『ちょっと痛いかも?』といった程度で、大した驚異ではなかった。
だからこそ、シャリト・ハ・シェオルの放つ弾丸の隙間をぬうように、愉しげに飛び回っていたのである。
つい先程、皇牙の異変を知るまでは……。
「泡沫のごとく儚く消えなさい!」
皇鱗の両手の掌の間に青く光り輝く球体が生み出され、物凄い勢いで輝きと激しさを増していった。
「夢幻泡沫(むげんほうまつ)!」
姉を心配する焦りゆえか、皇鱗は『手加減』に失敗する。
解き放たれた青い光球は、余裕で極東を跡形もなく消し飛ばせる威力を有していた。
「なっ、これは……」
タナトスは本能的に光球の威力を察する。
「ふん」
迫る青き光球に対して、シャリト・ハ・シェオルが無造作に右手を突きだした。
次の瞬間、右手の前に突然出現した巨大な暗黒の球体が、あっさりと青い光球を呑み込んで消し去ってしまう。
「嘘っ!?」
「真だ」
あえりない現実に驚愕する皇鱗を、馬鹿馬鹿しいまでに巨大な黒い刃に変じたシャリト・ハ・シェオルの『右手』が貫いていた。
「…………」
夢幻泡沫があっさりと破られた事実を受け入れられないうちに、異界竜(自分)の体が容易く貫かれたというもっと信じられない事実が突きつけられる。
「散れ」
腹部を貫いていた巨大な黒刃が横に振り切られ、皇牙の体は上半身と下半身の二つに引き裂かれた。
引きされた二つの体が地に着くよりも速く、黒刃が皇牙の四肢を切り落とす。
六つの肉塊と化した皇牙が大地に転がった。
「……お……お姉ちゃん……」
人間ならとっくにショック死しているところだろうが、皇牙はこんな姿になってもまだ生きている。
「い……いやああああああああっ! 助けて、お姉ちゃ……」
「黙れ」
無造作に突きつけられた黒刃が、皇牙の頭部を跡形もなく粉砕した。



「…………」
タナトスは言葉を失っていた。
シャリト・ハ・シェオルのあまりの強さと無慈悲さに、助けてもらったことに対する礼すら言えずにいる。
「面白い……接触面を斬るのではなく、この世界から『消して』いる? 実に興味深い素材ね……」
メディアが、すでに普通の手に戻っているシャリト・ハ・シェオルの右手に熱い眼差しを向けていた。
「解剖してみたいですか?」
「父……コクマ・ラツィエル……」
新たな声のした方を振り向くと、銀の眼鏡をかけた黒衣の男……コクマ・ラツィエルが立っている。
「混沌黒刃(ブラックエッジ)……Azathoth(アザトース)……解りやすく言えば『裏』の『混沌』ですよ」
「その説明のどこが解りやすい? 私にはちんぷんかんぷんだぞ」
「そうね、前提知識として裏と混沌が解っていないとちんぷんかんぷんよね〜」
コクマは「猛々しい金髪巫女」と「人形を抱えた修道女」を引き連れていた。
「エアリス……それに……?」
タナトスは、養母である黄金竜の隣にいる修道女に不審の眼差しを向ける。
「ん? 多分初対面じゃない?……て、最近こんなセリフばっか言っている気がする……」
勝手に覗かせてもらっただけだったか、直接顔をあわせたことがあったのか、ディアドラにとってこの区別はとてもあやふやなのだ。
「えっと、魔眼皇の時は……私が姿を見せた時はあなた気絶してたし……うん、間違いなく初対面だと思う、多分きっと絶対〜」
最近の記憶を遡った結果、初対面だと結論が出たようである。
「不確かなのか、絶対なのかどっちだ……?」
「うふふっ……」
ディアドラは、タナトスのいぶかしげな眼差しに優しげで妖艶な微笑で応えると、視線を皇鱗の肉塊に移した。
「駄目じゃない、ちゃんと……あら?」
「やっと見つけたぜっ!」
新たな声と共に、皇鱗の肉塊の上に皇牙の亡骸が投げ捨てられる。
「……ラッセルか」
「ああ、俺だ! ラッセル・ハイエンドだ!」
森の奧から姿を見せたのは、赤いレーザーコートの金髪碧眼の青年ラッセル・ハイエンドだった。
彼の三歩後ろには、深紅の少女ネメシスが付き従っている。
「ふん、もう一匹はあんたが殺ったわけか……」
ラッセルは、積み重なっている異界竜姉妹の死骸を一瞥した。
「……ほう、少しはマシになったようだな」
シャリト・ハ・シェオルもまた異界竜姉妹の死骸を一瞥し、感心したように呟く。
「ああ、お陰様で異界竜『程度』なら倒せるようになったぜ……『兄貴』っ!」
ラッセル・ハイエンドはシャリト・ハ・シェオルを確かに『兄』と呼んだ。
「…………」
それに対して、シャリト・ハ・シェオルは肯定も否定もせず、表情一つ変えない。
「何の冗談だよ、その姿は? ええ〜、アクセル・ハイエンド様?」
「……苦情ならそこの男に言え。全てはこの男の『趣味』だ」
シャリト・ハ・シェオルは、傍観者を決め込んでいるコクマ・ラツィエルを視線で指した。
「あははは、そこでひとに振りますか? まあ、否定はしませんけどね」
コクマは意地悪げな笑みを浮かべて、余裕に満ちた態度を崩さない。
「……なるほどな……突っ込む気もわかないぜ……」
ラッセルは呆れたように一度嘆息すると、視線をコクマから兄へと戻した。
今は下手にコクマ・ラツィエルを相手にしない方がいい。
万が一、この男によってペースを狂わされ、肝心な獲物に逃げられでもしたらそれこそ最悪だ。
完全無視、コクマを含めた『その他』を全て眼中から消し、唯一人(兄)だけを睨みつける。
「この前は稽古をつけてくれてありがとよ、いい教訓になったぜ……お陰で俺は前よりも遙かに強くなれた!」
ラッセルが左手を天にかざすと、甲から八つの赤い光が空へと飛び去った。
いつの間にか、彼の三歩後ろに控えていたはずのネメシスも消えている。
「…………」
白、黒、青、黄、紫、水、灰、そして赤……八つの光が天から降り、ラッセルの背中に貼りついた。
それは八色(八つ)の剣。
左右に四本ずつ、計八本の剣はまるで天使の翼のようだった。
「アクートモード(鋭利なる旋法)……究竟八翅(くきょうはっし)!」
ラッセルは、左右の一番外側の『羽』……つまり、白剣と黒剣を右手と左手でそれぞれ背中から引き抜く。
「神剣が八つか……過ぎた力だ……使いこなせるのか、お前に?」
「八つだろうが、九つだろうが、十だろうが使いこなしてやるさ……あんたを超えるためならなっ!」
「私を超える? 無理だな、所詮お前は我が影に過ぎない……」
「ほざけっ! 俺はもうあんたの影じゃない! 神剣バイレントドーンの闘士(デュエリスト)ラッセルだっ!」
「……愚かな……弟は永遠に兄には勝てぬものだ……兄より優れた弟などこの世に存在しないということを教えてやろう……」
「はっ! 見下していた弟に叩き伏せられる屈辱を味わいやがれっ!」
異界の混沌を宿した少女(アクセル)と最強の剣に選ばれた闘士(ラッセル)の決闘(兄弟喧嘩)が開始された。







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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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